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サアディの薔薇
この朝きみに薔薇を捧げんと思ひたちしを、
摘みし花むすべる帯にいとあまた挿み入るれば
張りつめし結び目これを抑ふるにすべなかりけり。
結び目は破れほどけぬ。薔薇の花、風のまにまに飛び散らひ、
海原めざしことごとく去つて還らず。
忽ちにうしほに浮かびただよひて、行く手は知らね、
波、ために紅に染み、燃ゆるかと怪しまれけり。
今宵なほ、わが衣、あげて移り香を籠めてぞくゆる……
吸い給へ、いざわが身より、芳しき花の想ひ出。
もっと早く見つかっていれば、サアディの「ばらの苑生」と対で掲載できたのですが、 前回の文と比較してみてください。
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さて、花の香りに酔いしれて、次に思い出すのはロンサールのオード(頌歌=抒情詩)です。 |
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カサンドルという若い娘に手向けた詩ながら、実は人生のはかなさを自分自身に悟らせたのではないかという気がしてなりません。
ところで、この詩、なんだか聞いたことがありませんか?そうです。「命短し恋せよ乙女」です。これは「ゴンドラの歌」です。なんだ、この世のはかなさを歌う気持ちは東西を問わず普遍的なことなのだと納得しそうになった瞬間、「まてよ」と思い直しました。この歌はいつ作詞作曲されたのでしょうか?
実は、このような関心を持ったのは私だけでなく、奈良フィルハーモニー混声合唱団の方々も同様でした。この合唱団ではゴンドラの歌を演奏することになり、指揮者はこの歌の作られた背景を知りたいと団員に問い掛けます。そして、何人もの方が調べた結果をみてみますと、作詞者吉井勇が当時の外遊から帰ってきた文学仲間の話を元に作ったのではないかと思えてきました。その中には上田敏の名もあります。
上田は英・独・仏・伊語をこなし、ラフカディオ・ハーンによれば万に一人の語学の天才だそうです。上田の語学力から察するに、あらかたイタリア文学の他国への影響をも読み取ったに違いありません。ところで、この詩の最初の呼びかけ「かわいいひとよ」はミニョンヌ(Mingonne)!です。ゲートの詩にMignonの歌があります。そのうちの一篇の前半を書きます。(井上正蔵訳)
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これはミニョン(ドイツ語ではMignon)の立場で書かれています。ゲーテやロンサールだけでなく、ギリシャ、ローマ古典文学はヨーロッパの諸国に多大な影響を与えてきたことはよく知られているところですし、音楽でもそうです。たとえばピアノ曲「舟歌」はメンデルスゾーン(ゴンドラの歌)の他ショパン、フォーレ、チャイコフスキー、ラフマニノフのものがあります。
全てがイタリアの影響かどうかは調べていませんが、恐らく関係しているのではないでしょうか。曲を聴いてみるとよくわかると思います。
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長くなりました。
鹿追のフォーラムに向かう車中、川上さんにこの話しをすると、ピエール・ド・ロンサールという種類のバラがあり、自宅で栽培しているとのことでした。
「花(バラ)の香りに酔いしれて」は今回、ゴンドラ(船)に酔いそうです。それならば次回、「酔いどれ船」を書いたランボーにしましょう。「俺は夏のあけぼのを抱いた」と豪語するランボー!しかし、その詩の中では、花にその名を告げさせる繊細な感性の持ち主でした。
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