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「酔いどれ船」ランボー
花の香りに酔いしれて、ゴンドラに酔いしれて、それならいっそ「酔いしれたまえ」のボードレールかとも思ったのですが、ここは「酔いどれ船」のランボーに登場願いましょう。
「酔いしれたまえ( Inivrez-vous)」ボードレール Charle Baudelaire (1821〜1867)「酔いどれ船(Le Bateau Ivre)」ランボー Arthur Rimbaud (1854〜1891)
富永 哲三


なにもまだ宮殿の前では動いていなかった。(池かカナールの)水は死んでいた。
影の一団は森に続く道に連なっていた。
俺は歩いた。生き生きした,生あたたかい息吹をめざめさせつつ。
翼が音も無く舞い上がった。

最初に挑んできたのはその名を俺に告げてきた一輪の花、さわやかで青白い輝きに満ちた小道でのことだった。

俺は樅ノ木に沿って髪を振り乱したブロンドの滝に笑いかけた。

それから、ヴェールを一枚ずつ剥がしていった。歩きながら腕を振り回した。
広場では牝鳥に女神を告げた。大きい街では、彼女は鐘楼とドームの間を逃げ回り、
俺は大理石の河岸を乞食のように走りつつ彼女を追いかけた。

道の上で、月桂樹の林のそばで拾ったヴェールを彼女に巻きつけた。
そして少しくその巨大な身体を感じた。
あけぼのと少年は林の下に倒れた。
目覚めると真昼だった。( Au reveil il etait midi.)

夜更かしをしたランボー少年は、空が白み始める前から散歩(というより歩き回り)していたのでしょう。そのときの景色の移ろいや自然の佇まいを刻々と綴りますが、それを「俺は夏のあけぼのを抱いた」と語るのです。あけぼのもこの天才少年にかかっては、抱かれてしまうのだから、たまったものではありませんね。言葉の錬金術師たらんとしたランボーの面目躍如です。この詩の中で、一輪の花にその名を告げさせる場面がありますが、これがなんとも憎らしい。一体どんな花だったのでしょう?私は白っぽいスミレ系の花じゃなかろうかと思っています。まだ薄暗い中、それと名前を聞き取るには暗すぎますでしょう?

このシリーズを書き始めて、色々と調べ直してみたのですが、中原中也の詩に、明らかにこの「あけぼの」の影響を受けたものがあります。それは、眠ろうとしたが眠れない夏の夜、日中のことを思い浮かべていたら、「眠た」というものです。「夏の夜に覚めて見た夢」ランボーの創作時期は17歳からせいぜい20歳までといわれています。「酔いどれ船」は長編なのでここでは紹介しませんが、この詩のためにヴェルレーヌ(Paul Verlaine1844〜1896)は挿絵(荒波を航海する船の絵)を送っています。
ボードレールとヴェルレーヌは共に「秋の歌」(前者Chant d`automne, 後者Chanson d`automne)を書いています。秋になれば詳しく紹介したいと思います。まだ夏が名残惜しい今のことですから、ヴェルレーヌの「Green」はどうでしょう。ヴェルレーヌはこの他「Spleen」、「Streets」など英語の題をつけたものを書いています。(中身はフランス語です。)


ここに果物、花、葉と枝があります
それに、あなたのためだけに鼓動する私の心
どうかあなたの白い手で引き裂かないでください
あなたにこの贈りものが甘美でありますよう
・・・・・・

マルタンデュガール(Roger Martin duGard1889~1958)の長編小説「チボー家の人々 Les Thibault」の中で、登場人物がこの詩を恋する女性に告げようする場面があります。

さて、「酔いしれて」のシリーズはここで一旦締めくくります。ですが、何ゆえ酔いしれることになったのか?
過去にはこんな詩にも出くわしていたのです。ボードレールの「酔いしれたまえ」の前半だけでも紹介して、お盆休みはゆっくりと・・・


酔いしれたまえ
いつも酔っていなければならない それが全てだ;
それは単純明快な問題だ
肩にのしかかり、大地にたたきのめそうとする恐ろしい時間の重圧を感じないために、
休むことなく酔いしれたまえ
だが何に?
酒に、詩に、あるいは徳に、それはお好きなように
ともかく酔いしれたまえ

そして時に、宮殿に向う道の上で、
あるいはくぼ地のみどりの草の上で酔いが薄れ、消え失せ、
目覚めそうになったら尋ねて見るがいい
風に、波に、星に、鳥に、大時計に;
逃げ去るもの、喘ぐもの、回るもの、歌うもの、語るもの全てに、
今、何時かと
すると、風や波、星や鳥や大時計は答えるだろう
今は酔いしれる時だと
時間に虐げられた奴隷とならないため、酔いしれたまえ
休むことなく酔いしれたまえ
酒に、詩に、徳に、それは君のお好きなように

前半だけのつもりでしたが、書いているとついつい風や波、星や鳥や大時計に答えさせるところまで続けたくなります。結局、全文となってしまいました。
ボードレールの作品には、この詩の中の「時間の重圧」に相当するChimere という伝説上の「怪物を背負った人間」Chacun sa Chimere という詩があります。私たちの現代の近代化よりははるかに強烈な19世紀の近代化の流れの中で、悩む人間の姿を浮かび上がらせています。
中也の「夏明けて友よ秋とはなりました」ではありませんが、秋に向う前にもう一人、少し透明な自然を歌い上げた詩人の登場を予告してお別れです。この詩人について、国営滝野すずらん丘陵公園の太田所長にも取材してきました。太田さんは2004年3月まで、エディンバラの領事(文化担当だったそうです)を3年間お勤めになりました。これがこの詩人のヒントになりますか?お楽しみに。
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