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二つの「秋の歌」その1
台風や低気圧前線のニュースが過ぎたと思ったら、もうすっかり紅葉の季節となりました。この文が掲載される頃は落葉して、あるいは初雪かも知れません。遅れてしまった、「秋の歌」には、花のひとひらも見えません。ですが、どうしても花詩にしたい二つの秋の歌があります。 富永 哲三
まずヴェルレーヌ(Paul Verlaine 1844〜1896)の「秋の歌」(Chanson d'automne)から、
今回は短いので原文も併記します。


Paul Verlaine ポール ヴェルレーヌ

(アクサンやセディーユは省略)なるべく忠実に訳してみました。
原文を併記したのはこれほど細かく韻を踏んだものも少ないと思ったからです。


落葉
上田敏(1874〜1916)

秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもいでや。

げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。


秋の歌
堀口大学(1892〜1981)

秋風の
ヴィオロンの
節ながき啜泣(すすりなき)
もの憂きかなしみに
わがこころ
傷くる。

時の鐘
鳴りも出づれば
せつなくも胸せまり、
思いそ出づる
来(こ)し方に
涙は沸く。

落葉ならね
身をばやる
われも、
かなたこなた
吹きまくれ
逆風(さかかぜ)よ。

厳密な意味では、いくつかの異論はあるにしても、いかにしてこのような訳が可能なのでしょう?この時代の文学者たちは相当な使命感と感性を備えていたに違いありません。
ところで、欧米では紅葉を愛でる習慣はなかったのでしょうか?落葉の前に日本なら紅葉を歌うとしたものです。あるいはすすきに、満月によせる思いもあったかなと・・・。
中秋の名月などと語り始めると、一献欲しくなるものです。そうそう、とっておきの花詩です。かつて、行きつけの赤提灯でのことでした。そこのおかみを私は「母さん」と呼んでいましたがある晩、窓際のすだれを上げて外の様子を伺っていたので、「母さん、香炉峰かい?」と尋ねると、「まあトミさんたら」と嬉しそうな返事が返って来たのです。(枕草子 清少納言 の「香炉峰の雪は如何ならむ」にまつわるはなし)いまどき、こんな会話を交えた酒がのめるとは!たまりませんね。彼女は貧しい生活の中で、日本の近代童謡歌集の新聞の切抜きなどを大事にしまっていて、あるとき見せてくれたことがあります。横道にそれましたが、酔いしれて千鳥足のシリーズのこととて寛大に願いましょう。
ヴェルレーヌの秋の歌は哀愁が漂っていますが、どことなくリズミック(詩だから当然とはいえ)ではあります。(De-ca,de-la そこはかと;ここかしこ;かなたこなた;のように)
後に、シャンソンで枯葉というのがジャック・プレヴェール(1900〜1977)によって作詞され、イヴ・モンタン(1921〜1991)のヒット曲になりましたが、間違いなくこの「秋の歌」の影響を受けていると思います。
秋は本当に切ないですね。長くなったので、ボードレールは次回にしましょう。こちらはもっと重たい響きとなるのですが、それほどつらい冬を迎えるのだから、恋人よやさしくしておくれ!ってな調子に変わります。
花の季節が過ぎ去っても、思い出をあたためておくことできます。たくさん、いい思い出を作って語り伝えたいものですね。
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