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二つの「秋の歌」その2 その前に
予定ではボードレールの秋の歌だったのですが、ヴェルレーヌの詩が短かったので、彼の関連ある詩を紹介します。梅雨のない北海道では、雨といえば秋を想像される方が多いのではないでしょうか?
九州から札幌に来て約30年、私にとって9月は雨の季節という気がします。雨が降ると寒くなり、落ち葉を見ては初霜か初雪かと気持ちが揺さぶられます。ヴェルレーヌの雨の歌も恐らく秋への序章と見ているのですが如何でしょう。
富永 哲三
NHKのラジオ講座で30年ほど前に使われたストーリーにこの歌が登場していました。
3行目の「この悲しみは一体なんだ?」に音が付けられており、その歌の練習をしている風景でしたが、絶妙な不協和音だったことを覚えています。
映画、史上最大の作戦では、レジスタンス向けの放送にこの詩が暗号として使われ、上陸作戦の開始を告げたのです。ことほどさように有名な詩なのでしょうか?因みに、インターネットでPoesie Francaiseを検索して、読まれている詩を調べてみると、この詩は第4位です。(ロンサールのカサンドルへのオードは第3位)
標題の下から、ランボーの言葉に対して書かれたように思えますが、ランボーの詩の中では登場しないという文献もあります。
さて、いわれなき哀しみ、苦痛は次のボードレールの「秋の歌」で明らかになるでしょう。けだし、この雨の歌を冬の予告とするに余りある証拠としたいのです。

Chant d'automne
I
Bientot nous plongerons dans les froides tenebres ;
Adieu, vive clarte de nos etetrop courts !
J'entends deja tomber avec des chocs funebres
Le bois retentissant sur le pave des cours.

Tout l'hiver va rentrer dans mon etre : colere,
Haine, frissons, horreur, labeur dur et force,,
Et, comme le soleil dans son enfer polaire,
Mon coeur ne sera plus qu'un bloc rouge et glace.

J'ecoute en fremissant chaque buche qui tombe ;
L'echafaud qu'on batit n'a pas d'echo plus sourd.
Mon esprit est pareil a la tour qui succombe
Sous les coups du berier infatigable et lourd.

Il me semble, berce par ce choc monotone,
Qu'on cloue en grande hate un cercueil quelque part.
Pour qui ? - C'eait hier l'ete;voici l'automne !
Ce bruit mysterieux sonne comme un depart.

II
J'aime de vos longs yeux la lumiere verdatre,
Douce beaute, mais tout aujourd'hui m'est amer,
Et rien, ni votre amour, ni le boudoir, ni l'atre,
Ne me vaut le soleil rayonnant sur la mer.

Et pourtant aimez-moi, tendre coeur ! soyez mere,
Mene pour un ingrat, meme pour un mechant ;
Amante ou soeur, soyez la douceur ephemere
D'un glorieux automne ou d'un soleil couchant.

Courte tahe ! La tombe attend ; elle est avide !
Ah ! laissez-moi, mon front pose sur vos genoux,
Gouter, en regrettant l'ete blanc et torride,
De l'arriere-saison le rayon jaune et doux !


秋の歌
I
やがて我等は暗い闇に沈むであろう。
さらば あまりにも短い いきいきとした夏の日々よ。
陰鬱な 響きで 薪が中庭のペーヴに
音をたてて 落ちるのが 今聞こえる。

全き冬が私の心を占める。怒り
憎しみ、戦慄、恐れ、つらく強いられる労働
そして 極地の地獄にある太陽のように
私の心は もはや赤く凍てついた塊でしかない。

震えおののきながら 一つ一つ、薪の落ちるのが聞こえる。
死刑台を立てるのも これほど陰鬱な響きとはならないだろう。
私の気持ちは 飽くことない重圧な城攻めの槌によって
倒れる塔に似ている。

それはまるで この単調な ショックに揺さぶられて
誰かが どこぞで棺にくぎを叩きつけているかのようだ。
誰のために? 昨日は夏だった。今や秋なのだ。
この不思議な響きは何かの出発のよう。

II
私は あなたの長い目の 緑がかった 輝きが好きだ
やさしい人よ でも今日ときたら全てが苦い
そして全て あなたの愛も 閨房(けいぼう)も 暖炉も
海に輝く太陽ほどの価値はない。

けれども私を愛しておくれ やさしい心よ たとえ
忘恩の男であっても 悪い男であっても母であっておくれ。
愛人であれ妹であれ 輝かしい秋か
あるいは 沈む夕日の つかの間のやさしさであっておくれ。

短い努め 墓は待っている それときたら乾いている。
ああ あなたのひざに 私の額をおいて
白い やけつく夏を惜しみつつ 味わせておくれ
晩秋の 黄ばんだ やわらかい日差しを。

Poesie Francaiseから
NHKふらんすご歌と詩1974 福井芳男 を参考にしました
 解説ではIの最後 出発が何の出発かわかりませんと書いてありました。
堀口大学だったと思いますが、彼は「野辺の送りの鐘ならむ」と訳していたと記憶しています。この音は葬儀の鐘の音だというのです。ひょっとしたら、あちらの葬儀でも鐘を鳴らすのでしょうか?

いずれにしても、冬は墓場ほどにつらく書かれていますがちょっと大げさな気もします。しかし、九州から来た私にはよくわかります。それは、寒さか、それとも緑に関わる者として、景観に乏しくなるせいなどと色々考えたのですが、今の結論は日照です。この詩でも夏の輝き、秋の黄ばんだやさしい日差しと続きます。
最近、原語を併記するようにしたのは韻の形式と響きを少しでも理解していただければ考えたからです。この詩では、薪が中庭に落ちる音(実際には冬に備えて積み上げられるのでしょう)が基調になっています。

J’entends deja tommber avec des chocs funebre
ジャンタン デジャ トンベ アヴェック デ ショック フュネ−ブル

アンダーライン、又他の箇所でも鼻母音が多用されています。これがsourd lourd他の鈍い形容詞と共にこの詩をいっそうつらいものに仕上げています。(西南大学;有田先生の解説だったと記憶しています)。
当時、ヨーロッパの冬のことなど想像できませんでしたが、北国(北緯)に来てわかったような気がします。
ところで、「私の心に涙降る」の詩の中で、ennuie(アンニュイ)を倦怠(けだい)と訳したのは、中原中也の「汚れちまった悲しみに・・・」に因ります。中也はヴェルレーヌやボードレールなど、近世のフランス詩に多大な影響を受けています。次回は彼の詩も引用しながら、つらい冬をじっくり味わってみましょう。(冬にはどんな花が咲くのでしょうね?)
冬はしかし、「明くればうれしき春なるぞ」(つい中也調になりました)です。このシリーズを読んでくれた昔の仲間から「次はあったかくなる花詩を」とリクエストがきています。ではありますが、悲しみの歌は喜びの歌という矛盾するようなことわざもあります。あるいは産みの苦しみたるConceiveも似たようなものでしょうか?

年内はこれでお終いです。どうか良いお年をお迎えください。
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